エアフレッシュナー <ヒノキベースその3>
1と2の中間Verを作ってみました。
無水アルコール 5ml
水道水 40ml
に加えたのが
ヒノキ 7
ユーカリ 6
ティートゥリー 6
サイプレス 2
です。
エアフレッシュナーにしては香りを強めにしてみました。
まだまだヒノキ強めですね。サイプレスはヒノキと同類なので、ヒノキを差し引いてサイプレスを増やしてみたいと思いました。
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1と2の中間Verを作ってみました。
無水アルコール 5ml
水道水 40ml
に加えたのが
ヒノキ 7
ユーカリ 6
ティートゥリー 6
サイプレス 2
です。
エアフレッシュナーにしては香りを強めにしてみました。
まだまだヒノキ強めですね。サイプレスはヒノキと同類なので、ヒノキを差し引いてサイプレスを増やしてみたいと思いました。
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Idealistという美容液があるんだけれど、これの残量が減ってきたので横に倒していつもと違う場所に置いたら数日、存在そのものを忘れてしまった。
もうね、肌のすべすべ感がなくなってびっくりよ。
何があったの? っていうくらい、肌の生きが違う。
それでIdealistを使ってないことを思い出して使い出したら数日で元に戻りだした。
さすがだわさ。
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本日はペパーミント1滴とヒノキ1滴たらしたハンカチを持ち歩いています。
午前中、ヒノキのにおいはあまりせず、ペパーミントばかりが前に出ます。
午後になって少し木のにおいがまじったペパーミント? という感じになりました。
くぐもった感じになっただけでいまいちです。
アア本当に香りって難しい><
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ローズウッドの効力発揮が遅すぎたので多めにたらしてみました。
ペパーミント1滴+ローズウッド2滴です。
滴下してから2時間ほどで香りが安定し、鼻づまりにハンカチを顔に近づけるとローズウッドの切ない甘さが程よく、かつすーすー感も最後まで損なわれませんでした。
が、大きな問題が。
ペパーミント1滴+ローズウッド2滴ということは合計3滴。多すぎ。香りすぎなのです。
これは自家製香水を作って使うしかないんだろうか。
配合的にはペパーミント:ローズウッドを1:2~2:5にしたいところです。で、甘さを強く出すためにローズを少しと酸味を出すために柑橘系を少々混ぜたらいいのではないかと思ったり。
複雑にしすぎて失敗する予感がします……
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兎に角「ハンカチにペパーミントをたらす」&ペパーミントの持つ「安っぽさ・陳腐さを失くす」その上で「ペパーミントの抗炎症作用を利用」というのが目的に頑張っていますね、この数日は。
部屋の方向にローズウッドを一緒に使ったところかなりよかったので、一緒にたらしてみました。
1滴+1滴 つまりは1:1の配合です。
結果は「失敗」。
ペパーミントが勝ちすぎです。ローズウッドのよさが出てくるのは午後、会社が終わった後くらいでした。この頃になるとロールウッドのまろやかさが表面に出て、かつ、ハンカチを顔に当てれば鼻通りもよくなります。が、いかんせん、退社後。仕事中に楽しむことを目的としているので遅すぎます。
ということで、ペパーミント1:ローズウッド2を次回、試してみます。
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ペパーミント×グレープフルーツの再挑戦Verです。
今回はスウィートオレンジを半滴(?)入れてみました。これでグレープフルーツの尖った感じとペパーミントの陳腐な感じが消えて、かつオレンジの甘すぎる部分を他の二つが補ってくれるはず。
で、思惑通りでした!
ミドルノートあたりまではまだこなれてこなかったのですが、昼過ぎにはまろやかになり、鼻が通るのに香りは甘すぎずきつすぎずのオレンジの香り。
よくアロマ関連の文章でオレンジが「元気が出る」って書かれているけれど、本当にかいでいるだけで活気付いてきます。おいしそうな香りだけれど、空腹を感じる香りではありません。
ってこれはグレープフルーツが要らないのかな? そのうち、ペパーミント×スウィートオレンジを試してみなくては。
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香りの相性として
樹木系-ハーブ系-柑橘系-フローラル系
| |
スパイス系-樹脂系-エキゾチック系
という関係で
・同じグループは相性がいい
・隣り合うのも相性がいい
といわれています。
じゃあ、じゃあ、ペパーミント(ハーブ)とグレープフルーツ(柑橘)も合うはずだよね!
今日は元気が出ないので、この組み合わせで対処してみるつもりでした。
が、トップはグレープフルーツの勝ち、ミドルはペパーミントの勝ち。ラストノートは、なぜかグレープフルーツの苦味が残ってしまいました。結果、メンソール入りの薬みたいなにおいでした。
爽快感を得られる組み合わせだと思って作ったのに、ちょっとだめです。元気にならない。薬だからくんくんしているみたいなかんじでした。
比率1:1がよくなかったのか、ペパーミントのエッセンシャルが安物なのがわるいのか。
考えてみる余地がありそうです。
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いっそペパーミント抜きで鼻をすーすーさせられないか?
ということで試してみた組み合わせです。
ミドルノートはレモングラスを口に含んだときに感じるほの酸っぱい香りに木の風合いです。
ラストノートは想像以上に木の香りが広がり、悪くないのですが、これなら最初からヒノキでもよかったかもしれません(ヒノキをアロマオイルとして使用したことはありませんが)。
また、鼻が抜けにくいので効果としてはいまいちかも。香りとしてはいいのですが、効果としてはかなり微妙な組み合わせでした。
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ペパーミントって私にとっては「ガムや歯磨き粉=安っぽい感じ」があります。この安っぽさを、個性的で大人っぽいティートゥリーが補ってくれる、と思ったのです。
トップノート・ミドルノートは思い通りだったのですが、ラストノートになるとティートゥリーが負けて、歯磨き粉に木の香りを足したみたいな感じになってしまいました。
それだったら最初からヒノキあたりでいいじゃないですか!
ということで、今日は
仁丹⇒歯磨き
という感じでした。
ペパーミント1:ティートゥリー2~3だったらいけたのかもしれません。
う~ん。半日丸々をカバーできる香りにはまだまだだわ。
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ルームコロンにいいすーすーカップル。
先日、夜中に鼻づまりがひどかったときにユーカリでどうにかしようとしたけれどうっ血型の鼻づまりにはまったく効果がなく、最後にペパーミントを垂らしてどうにかした、という【過去】がある。
今回も、ペパーミントで鼻が通っているだけってかんじ。
じゃあってユーカリで仕事に集中しているかと言うと、微妙な感じが…。
やっぱりユーカリメインでアロマライトで使うのが一番私にはあっているのかもしれない。
ラストノートは、もっと枯れ草っぽい香りになると思ったが最後の最後までミントの勝利で枯れ草っぽい感じは味わえなかった。配分を「ユーカリ2滴・ペパーミント1滴」ならどうにかなるのかもしれないし、メーカーの違うものならばいいのかもしれない。この辺は検討課題かも。
ハンカチに着けてどうのこうのっていうのには迫力に欠けるカップリングって気がした。
逆に言うと、強すぎるすーすーカップルは嫌いという人にはいいかも。
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そういえばペパーミント単体ってどうなんだろうか。
実は、ペパーミントそれほど好きではないので、単体で用いたことがほとんどない。ガム噛んでる気分になるからネ。でも単体の使用感を知らないで何かとあわせて使うのもおかしいからここは一発使ってみた。
ハンカチにペパーミント1滴たらして、たらした部分を内側に折りたたむ。これを朝から夕方まで、活用しつつ仕事をする。
朝、香りの割りに鼻の通りが良くない。昨日がペパーミント1滴+ローズマリー1滴の2滴だから比較しにくいのかもしれない。2滴にして比較すべきだったかな。鼻どおりをよくしようと顔にハンカチを近づけると、ツンツンしてむせてしまう。だめだこれは。
昼。やっぱり鼻のとおりがいまいち。夕方近くになってようやく顔のそばにハンカチを持っていける程度の刺激になる。が、今度は弱まりすぎてハンカチをたたみなおして香りを表に出して顔のそばで仰いだり、鼻に当てて吸い込むことに。
そのときはいいけれど、鼻通りの持続がなかった。
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鼻づまりによさげなアロマをハンカチに垂らして1日その香りと過ごしてみました。
ローズマリーの樟脳っぽさにミントを加えたら…
仁丹でした!
仁丹には薄荷脳というものが入っているようです。憶測だけれど、『○脳』はこのスースーした頭痛や虫除けに効きそうなすっきりした匂いが共通なんじゃないでしょうか。
今日1日、私は爽やかにも程がある仁丹臭い女でした!
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某所で、
「主人公はADHDかAS(アスペルガー症候群)なのでは」
という談義(論議ではない)がちらほら見受けられます。
もしそうなら見ない方が無難みたいだなぁ。
だって、きちんとADHDやASといった発達障害とそれにかかわる教育現場をリサーチしてないっぽいもん。
リサーチしたなら、新聞の広告欄にそれについて触れるとおもうから。
触れてないってことは、今はやりのADHDやASをテーマにすれば視聴率取れるぞ! でも半端なリサーチだと内容に苦情がくるぞ! そしたらそのへんはぼやかしてしまえ! ってことでやってるハズなので。
テレビ局からすれば視聴率がとれて広告収入が安定すればいいわけで。それによって間違った知識が啓蒙されても、自分たちが追及されないように
「主人公が発達障害だなんてどこにも表現してませんよ」
って言えばいいわけでしょ?
アレ見て不愉快になるADHDやASの親御さんも多いと思うけれど、そういうもんだと思ったほうがいいです。
あと、一般の人は、あれを見てADHDやASに対する理解を深めるなんてことはない、って人が多いと思われます。
「どうせオハナシでしょ? 現実は似て非なるもの」
程度の認識じゃないかな。
いずれにせよ、罪作りなドラマだけどさ。
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※この項目は書き直す可能性が巨大です。
私の思考の経過途中なので、つけたし・訂正等する可能性があります。
春秋(12/30)
「KY」対「そんなの関係ねえ」。今年、矛盾するような2つの言葉が同時に流行した。前者は空気(K)を読めない(Y)人への非難。後者は場の空気に構わずパンツ1枚で踊りながらこの語を連呼する若手芸能人を発信源とする。
▼評論家の山本七平氏が日本人の行動を決めるものを空気だと指摘したのが1970年代。指導者すら「まずい」と感じつつも、空気に逆らえず戦争の深みにはまった。空気で物事が動いていいのか。そんな問題提起だった。こっそり人を支配するものから進んで読むべきものへ。30年で空気は表舞台に躍り出た。
▼コミュニケーションの「共通の前提」が崩壊したから、と分析するのは社会学者の宮台真司氏だ。友人とは。学校とは。幸福とは。働く意味とは。親とは、子とは。前提がまちまちでスムーズな意思疎通は難しい。代用品として場の盛り上がり、すなわち空気が異常なほど大事になったとみる。
▼人と人の関係は粗野だが温かいものから「互いに過敏に牽制(けんせい)しあう神経質なものに変質した」と宮台氏。気になることがあっても右から左へ受け流せ、と歌うタレントも今年、人気を得た。空気を読み、顔を使い分け、即興で役割を演じる。そんな日々への倦(う)みを「関係ねえ」の連呼への喝采に見るのは深読みが過ぎるか。
これの中で
「共通の前提」の崩壊でああそかと思ったのだ。
空気が読めないヒトでも、本を読むとか親子で何度も話し合うとかで、「共通の前提」について反復した学習を行い、それに即した行動を(多少ズレたことをしていたとしても)取れていた可能性がある。
そこでの役割・最低条件を正しく実行していれば、多少のずれがあっても
「少し変わった人」
として世の中は受け入れてきたのではないか。
学者や雑誌・書籍の編集者、あるいは画家や音楽家が多少風変わりな考え方をしても
「あの人は学者だから」
「あの人は画家だから」
「あの人は職人だから」
と世の中は容認してきた。
ひとつのことに執着して行動することが多い高度機能障害の人間も、こうした特殊分野にいる限り、
「あの人は仕事柄、ちょっと変わっている」
で収まっていたのではないか。
そして、最低限のルール、共通の前提のぎりぎりラインを守っていれば社会はそれを
「変人」
ではなく
「ちょっと変わった」
程度で受け入れてくれていた。と、私は思う。
が、こうした「事後・事前に学習し、パターン化して後の行動に反映できる」状況が、減ってきているとしたら。
そしてもうひとつ。
「天然」というくくりが登場したことも、軽度の高度機能障害を見逃さずに排除する土壌になっていないか。
「天然」という用語(?)登場以前は、「ちょっと変わった人」「変人」という言葉で表現されていた。
「変わっている」というには
普通すぎる普通>>>>普通>>>>(言われてみれば)ちょっと変わっている>>>(こちらには害が無いが気になる程度に)変わっている>>>(不愉快を感じさせる)変人
といったグラデーションが存在していた。
このグラデーションの中では、軽度のアスペルガーやADHDの同級生は
Aさんにとって、(言われてみれば)ちょっと変わっている
Bさんにとって、(こちらには害が無いが気になる程度に)変わっている
Cさんにとって、(不愉快を感じさせる)変人
だとしよう。
Cさんが「こいつは変人だから排除」という考えを抱いても、グラデーション的に普通に近いと考える人にとっては
「変人ではない(変わっているけれど)」
であり、Cさんの意思は伝播しにくい。
ところが、「天然」となると
普通>(>>天然がかっている>>)>天然
という短絡的な発想にならないか。特に近頃、マスコミに登場するお笑いにしてもタレントにしても、天然というくくりを自他ともに用いたがる。また、若い一般の人たちも「天然」ということで相手を「普通ではない」と認定する傾向が強く感じられる。
天然というくくりを利用すると上記のケースが
Aさんにとって、天然
Bさんにとって、天然
Cさんにとって、天然
あとは「天然は排除される対象かどうか」という意思疎通が通るか通らないかの単純な問題だけが残る。
相手がどういう人か、グラデーションの中でどこに位置しているかを問題にするという前段階が抜けてしまう、そういう世の中になっていないか。
もしも、もしもそうだとしたら。
アスペルガーやADHDにとって暮らしにくい時代になっていると思わないか。
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キャイーンのウドちゃんって、
「アスペルガーが良い方向に出ている」
ように思えることがあるのです。
常時じゃないけどね。
彼がアスペだ! と勝手に断定するとかじゃないよ。
ただ、そう見えるんだよな。うん。
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